関東三大堰
2015 / 10 / 04 ( Sun )
利根川の支流である小貝川は、これまでたびたび洪水をおこし、暴れ川
として知られています。
徳川幕府の時代、新田開発や洪水対策、舟を使って物資を運ぶための
舟運 (しゅううん) などの目的で、河川の大規模な改修工事を行いました。

かっては、利根川は東京湾に流れ込んでいました。この流れを東京湾
ではなく、常陸川に接続したのです。
常陸川とは、今の栃木県南部から茨城県南を通り、太平洋に流れて
いた川です。
当時、鬼怒川と小貝川は合流し、一つの川となって、常陸川につながって
いました。
この鬼怒川と合流していた小貝川を切り離し、それぞれ直接利根川に
接続したのです。
この結果、常陸川は利根川となり、鬼怒川と小貝川は利根川の支流と
なりました。
このように河川の流れを操作することにより、広大な新田開発が進み、
灌漑用の堰ができたのです。
小貝川には、関東三大堰と呼ばれる堰があり、ここ岡堰もその一つです。

初期の堰は、江戸時代の寛永7年に設けられました。
その後、何度か改修され、現在の岡堰は昭和40年に作られたものです。
1岡堰

堰の間からは、筑波山が見えました。
2岡堰と筑波山

ここは、中の島と呼ばれる、中州を利用した公園です。
初期の堰建造には、探検家として知られる間宮林蔵も関わったとのこと
で、ここ中の島には彼の銅像が建てられています。

毎年3月末には、灌漑用水確保のため堰の水門を閉め、中の島周囲は
水面下になるようです。
3中の島

中の島には、改修前の堰の一部が保存されています。
4旧堰

堰の上流には、水神岬公園があります。
古くこの岬は、周囲の中洲などと共に、小貝川の水流をじぐざくにして、
堤防を護る役をしていた、ということです。岬の中には、水神宮が祭られ
ています。
5水神岬

この水神宮は、河川に住む水の神で、灌漑用水や堰の守護神という
ことでしょうか。
周囲にはロープが張られ、立ち入ることができません。
6水神宮
探訪日 9月21日
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コメント
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岡堰は竜ヶ崎土木時代管内で、私の仕事は河川課でしたので、時々この場所を巡視に行きました。
此処の岡堰土地改良区の理事長さんは元気なかただったことを思い出しました。

間宮林蔵の生家もほど近くで見学したことがありました。
林蔵は子供の頃小貝川の改修工事を見ていて、子供ながらに作業の改良点を指摘していたとかが解説されていたような記憶です。
那須で採取した根曲がり竹を加工していて、昨日は左手親指を切り出し小刀でざっくり切ってしまいました。Tさんに笑われそうです。
by: 山さん * 2015/10/07 08:25 * URL [ 編集] | page top↑
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そうすると、関東三大堰などを回っていたのですね。
岡堰の近くに間宮林蔵の生家があるということを後で知ったのですが、近くへ行った折には覗いてみようと考えています。

小刀でざっくりとは、たいへんな傷のように読み取れますが、大丈夫ですか。
山さんのナイフは、切れ味鋭く研ぎあげているので、ちょっと触れただけで、ざっくりになっちゃんでしょう。
by: yamazaru * 2015/10/07 21:03 * URL [ 編集] | page top↑
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