消滅集落(その2)
2014 / 12 / 23 ( Tue )
筑波にお住まいの人からメールで「福島県矢祭町にある檜山に
茨城県側から入る道はないのですか」と、問い合わせがありました。

今回はその確認山行の後編です。
先日は檜山から萩 (おぎ) 集落までを往復しました。
福島県内の山行ですが、今日は茨城県大子町高久から荻までの歩きです。
地形図を見ると、民家脇の流れる沢沿いを北に向かい、茨城、福島の県境
を北西に歩き、そのまま萩まで沢を歩きます。
萩の集落からは地形図に点線で書かれた山道を戻り、高久から西の道路に
戻ります。
萩集落

ガードレールが切れたところから、下の沢に下ります。
この近くにお住まいの方から話を聞くと、以前この先の萩に住んでいた
人も、ここから出入りしていたそうで、10年位前から萩には人が住まなく
なったようです。
ここから入る

沢沿いの道を歩きます。
沢

林業の作業道でしょうか、時折複数の道が現れます。
ここは地図をよく見て、沢を外さないように道を選びます。
枯れ沢には、いつに降ったものか、残雪が見られます。
山道

道はしっかりしていますが、ところどころぬかるみが現れます。
山道

右手に耕地跡でしょうか、今は草に覆われた耕作放棄地が現れました。
山道

地形図では、この付近は荒地ではなく、田んぼとして表示されています。
ここでは、かって萩に住んでいた人たちが米などを作っていたのでしょうか。
田んぼ跡

右手に竹林が見えると、まもなく萩の集落です。
集落口

住居跡です。
住居跡

住居跡です。付近には生活用品が散乱していました。
住居跡

住居跡です。周りに電柱のようなものは見当たりません。
電気のない生活をしていたのでしょうか。
住居跡

よく整備された茶畑がありました。
後で聞いた話ですが、ここ萩の元の住民が、この茶畑の整備を、今も続けて
いるようです。
茶畑

「馬頭観世音 天保六年」と彫られています。
江戸時代の人は、この道を何の目的で歩いていたのでしょうか。
馬頭観音

地形図に点線で示された山道は、作業道などが輻輳しています。
手入れの行き届かないスギの人工林の中を歩きます。
枝打ちや間伐などの保育がされておらず、林床植物はほとんど見られません。
山道

最後はヤブの中を突破し、道路に出ました。
出口
今回の山行で、福島県に位置する山である檜山に、茨城県側から通じる道が
判明しました。
登山口から檜山山頂まで、直線距離にすると3kmほどの距離で、標高差も
160m程度です。普通に歩けば2時間ほどで、山頂まで行き着くでしょう。
しかし、道が多少荒れていることと、地形図に書かれていない道を歩くことに
なるので、読図力も必要になると思います。
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コメント
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大変参考になりました。
私も春には登ってみようと思います。
by: 瀬尾 * 2014/12/25 08:51 * URL [ 編集] | page top↑
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暖かくなったらぜひ歩いてみてください。
そのときには報告していただければ、嬉しいです。
by: yamazaru * 2014/12/25 19:47 * URL [ 編集] | page top↑
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