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再び宮城県へ
2011 / 04 / 04 ( Mon )
4月1日に再び宮城県に向かいました。
今回は県外ボランティアの受け入れを始めた、石巻市です。

今日の宿は石巻市の総合運動公園ですが、いまは自衛隊の活動拠点となる基地となっています。
さまざまな特殊車両が並び、大形のテントが設営されていました。
私たちもこの中にテントを張っちゃいました。
1自衛隊

翌日は石巻市のボランティアの受け入れ先、石巻専修大学内に設けられた石巻市災害
ボランティアセンターに行きます。受付時間まで間があるので、石巻市内を見て回りました。

津波で流された漁船がこんなところに。
2石巻市内

ここでも漁船が。
3石巻市内

旧北上川に架けられた橋の橋脚に引っ掛かったボートの上にはアヒルが。
4旧北上川

電柱も。
5石巻市内

お墓には。
6石巻市内

石巻漁港です。倒れた貯蔵タンクとその先の堤防には船が乗り上げています。
7石巻漁港

同じタンクがこんなところにも流れ着いています。
8石巻漁港

漁港にはこんな大型の漁船も。
9石巻漁港

石巻専修大学に集まったボランティアです。
ここで受付を済ませ、多くのボランティアは指定された市内のお寺に向かいます。
10受付

永厳寺という曹洞宗のお寺です。扉には行方不明者の消息を求める張り紙が。
今日は、このお寺での活動、依頼のあった近くのお宅での活動です。
11永厳寺

休憩時にはボランティアによるボランティアへの炊き出しがありました。
12永厳寺

1日の作業を終え、帰りのトラックに乗ります。
充実感に満たされた若者のいい笑顔で、ご苦労様と声を掛け合います。
13永厳寺

今宵の宿に行く前に、市内の日和山(ひよりやま)公園に寄りました。
前方の川は旧北上川、三陸海岸からその先かすかに見えるのは牡鹿半島でしょうか。
14日和が丘

石巻港に隣接する市外はほぼ壊滅状態です。目を凝らすと警察や自衛隊の
集まりが見えます。いまでも捜査活動は続いているようです。
15日和が丘

津波の直撃を受けた海岸沿いの町並みは一変してしまいました。
16石巻市

このお寺も再び同じ場所に建立できるのでしょうか。
17石巻市

途中、避難所に立ち寄りました。
栃木の日光付近の山を徘徊し、1日に100キロを歩き通す、すごくもあり、
かつ心やさしい鈴木さんが仲間とともにつくりあげた、手作りの小物入れ
(大物入れもあります)などの品を届けるためです。
18避難所

米軍の若い兵隊さんたちも支援に駆けつけていました。
19避難所

避難所に許可をもらい、支援物資を置くとたちまち人だかりができました。
20避難所

2日目の宿はボランティアセンターの置かれた石巻専修大学の構内です。
全国から集まったボランティアのテントが並びます。
21石巻専修大学

私たち3人のテントです。前夜は強風が吹き荒れ、車を風除けとして設営しました。
22石巻専修大学

今日の受付前に、隣町の女川町に足を伸ばします。
津波で損壊を受けたスーパーの前には被災者の人たちが集まり、暖を取っていました。
23女川町へ

女川町に入りました。
24女川町へ

津波はこんなに高いところにも押し寄せました。
25女川町へ

ビルも倒壊しています。
26女川町

津波は一瞬にして町を破壊しつくしました。
27女川町

高い建物の上にも家が乗っています。その先に見えるのは女川町立病院です。
28女川町

ホテルの最上階も津波が貫流しています。
29女川町

小高い場所にある女川町立病院に来ました。
ここの駐車場にも津波が押し寄せ、車が破壊されていました。
30女川町立病院

ここから下を見ます。駐車場はこんな高いところにあります。
31女川町立病院

今日は一人暮らしの女性のお宅での作業です。
メンバー6人で家の周りに堆積した泥を取り除くのが主な作業でした。
32ボランティア
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