裏山散歩
2016 / 02 / 21 ( Sun )
裏山を散歩してきました。
自宅から、100メートルも入らない雑木林の林床が掘り起こされ、なにやら
たくさんの糞が落ちています。
これはイノシシの糞です。
黒い塊状で繋がっていることが多いのですが、このようにバラバラに
転がっていることもあります。
1イノシシ

近くでは、このように採石場の露頭が見られます。
この辺りの地層は鮎川層と呼ばれ、古生代ペルム紀のもので、
3億年近く前に堆積した地層です。
主に粘板岩からなり、礫岩や石灰岩などを伴います。
2露頭

今年も見つけました。早春の味です。
テンプラとフキ味噌を作ります。
3フキノトウ

昨日辺りから、くしゃみと鼻水が止まりません。
見上げると、びっしりと花粉をつけたスギが。
4スギ花粉

これも春を告げるヤブツバキです。
このヤブツバキは、日本海側の多雪地域で多く見られるユキツバキと
共に、ツバキの原種であり、これらのツバキから多くの園芸種が
作られました。
5ヤブツバキ

数年前に掘り起こされた採石場に、地下水が溜まりました。
ここには、カルガモのつがいが、住み着いているようです。
6カルガモ
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21 : 00 : 56 | 山歩きと自然観察 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(5)  | page top↑
ジオネット日立のホームページ写真
2016 / 02 / 21 ( Sun )
ジオネット日立のホームページ掲載する、日立のジオポイントの写真を
撮ってきました。

JR大甕駅から徒歩15分の国道6号脇にある大甕神社は、多賀山地の
南端にあり、神社全体が5億年前のカンブリア紀の花崗岩の岩山に
建っています。
この花崗岩は国道6号を越えて日立研究所の方へ続いています。
1大甕神社

成敗された悪神の魂が宿るとされたことから、宿魂石 (しゅっこんせき)
呼ばれる大岩があります。
この宿魂石の脇の鎖場を登ると本殿があります。
2宿魂石

県道349号脇の、中里中学校の南東側にある玉簾 (たまだれ) の滝の
岩肌は、5億年前の玉簾層でできていますが、滝は御神体なので、
間近で見ることはできません。
すぐ脇の玉簾寺 (ぎょくれんじ) は、水戸光圀ゆかりの寺として参拝する
人が多くみられます。
3玉簾の滝

日立駅から東河内 (ひがしごうど) 行きバスで、約20分の大雄院事務所前
で下車し、大雄院橋傍の駐車場山側に向かうと、日立製作所創業小屋の
碑があり、5億年前の花崗岩でできています。
4創業小屋の碑

この日の大煙突上空は、紺碧の空が広がっていました。
(日立市民は、煙突が倒壊し、高さが1/3になっても大煙突と呼んでいます)
5大煙突

日立市中心部商店街のぎんざモール、まいモール、パティオモールの3ヶ所に
それぞれ一体の招きモルちゃん石像が設置されています。
この石像は、5億年前の花崗岩でできています。
6招きモルちゃん
20 : 45 : 50 | ジオパークインタープリター | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
日立の歴史のある山を訪ねて
2016 / 02 / 11 ( Thu )
日立には、かって助川青砥 (すけがわあおと) と呼ばれた、質の良い砥石が
作られていました。
今日は、4年前に歩いた青砥の採掘地を再訪しました。
(4年前の、記録はこちら)
http://yamazaru1203.blog75.fc2.com/blog-entry-182.html

かつては、この道を馬やそりを使って砥石を運んだのです。
ここには、砥石の原料となる粘板岩 (ねんばんがん) が積まれていました。
1作業道

砥石の原料となる粘板岩の露頭です。

この地層は、まだ日本列島が影も形もなかったペルム紀と呼ばれる
時代、後の中国となる大陸の東端に堆積した地層です。
今から2億数千万年前の古生代最後の時代で、この後、中生代に
変わります。
ペルム紀の泥や砂が堆積してできた頁岩 (けつがん) が、白亜紀に地下で高い
温度圧力を受け、粘板岩に変化したものです。
2粘板岩露頭

採石場近くにある作業場です。
ここでは、掘り出した原石を人の手によって砥石の形に切り出して
いました。
後には、石油発動機を動力とした丸のこで、石を切り出したのです。
当時の作業台や、丸のこ刃などが放置されています。
3作業機械

ここでは、掘り出した石が積まれていました。
これから、砥石の形に整形するものでしょうか、それとも質が悪く
捨てられたものでしょうか。
4作業機械

錆びたリヤカーも、放置されています。
5リヤカー

この後、助川山市民の森から高鈴山に向かうハイキングコース
途中にある金山 (かなやま) 百観音に向かいました。

百観音とは、西国、坂東、秩父の合計百ヶ所の札所を呼びます。
古くから、この百の札所を巡拝すればご利益があるという考えが
あったようですが、昔はそれを実現するのはたいへん困難なことでしょう。
このため、このように石仏を彫り、奉納すれば百観音を巡拝したのと
おなじご利益があると信じられるようになり、各地に広まったのです。
6百観音

ここに置かれた石仏の多くは、西国と秩父のもので、茨城が含まれる
坂東の石仏は少ないようです。
この石仏は、西国第六番と彫られています。
7観音像

百観音とはいえ、ここにあるのは七十基ほどのようですが、三つの
石祠を囲むように置かれています。
8百観音

ハイキング道には、このような白い石が多く見られます。
これは珪石で、セメントやガラスなどの原料となります。
9珪石

助川山市民の森からは、太平洋が見渡せます。
左に見える小ピークは助川山とか、おむすび山と呼ばれ、山頂には
東屋が建てられています。
稜線を右に下ると、ゴンドラのようなものが見えます。
これは、架空索道 (かくうさくどう) と呼ばれ、日立セメントが採掘した
石灰石を貯石場に運び、そこからベルトコンベアで工場まで運ぶための
ものです。この架空索道が運転されているのは、国内ではここだけです。
10索道
18 : 09 : 12 | ジオパークインタープリター | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(2)  | page top↑
日立ジオサイトの写真撮影
2016 / 02 / 06 ( Sat )
ジオネット日立の顧問である田切美智雄先生の要望があり、
ジオネット日立のホームページを作り始めました。
今日は、これに掲載する日立のジオポイントの写真を撮るべく、市内の
あちこちを回ってきました。

十王ダム
十王駅前から県道10号で山側に向かい、山部の交差点で県道60号に
分かれると、すぐに十王ダムです。
十王川が山地から平野に出る場所には、5億年前の地層が露出して
います。ダムの下の発電所そばには、良い露頭があります。

1-1十王ダム

十王パノラマ公園にも、石尊山から続く5億年前の変成花崗岩で
できています。
1-2パノラマ公園

折笠スポーツ広場・矢筈石 (やはずいし)
県道10号の、常磐自動車道日立北IC入口を北上、すぐ右折すると
JR常磐線の反対側にスポーツ広場が見えてきます。前庭には、
昔から小木津石と呼ばれる5億年前の花崗岩でできた矢筈石があります。
2折笠スポーツ広場

谷道 (やどう) の滝
十王駅前から県道10号で山側に向かい、十王浄水場方面への交差点を
左折、さらに突き当たりを右折して、石尊山方面に向かうと、『谷道の滝』の
看板があります。この滝の岩肌は5億年前の花崗岩でできています。
3谷道の滝

小木津山自然公園
日立方面から県道10号を走り、案内標識を左折します。
徒歩では、JR小木津駅から約10分です。
公園入口の小川沿いに進むと、カンブリア紀の変成花崗岩でできた
地層が多く見られます。
園内のいしくぼの滝の岩肌も、5億年前の地層です。
4小木津山自然公園

東連津川 (とうれんづがわ) の不動滝
常磐自動車道日立北ICから県道10号を経由し、永井ひたちの森病院
方面へ曲がる道から入り、約3キロ走って駐車後、林道を10分歩くと
不動滝です。
不動滝の岩肌は5億年前の変成花崗岩でできており、脇には2基の
不動尊が祀られ、NHKの大河ドラマ「武蔵」の撮影にも使われました。
5東連津不動滝

鞍掛山 (くらかけやま) 霊園
国道6号から曲がり、かみね公園北側に沿って登ると、車で5分未満の
場所です。
カンブリア紀の山を切り開いたところで、大きな岩石は5億年前の花崗岩です。
6鞍掛山霊園

かみね公園
国道6号沿いのかみね公園は、5億年前の花崗岩の上に作られ、頂上
展望台もその上に建っています。
また、展望台付近や他にも変成花崗岩が点在し、3メートルを超える露頭も
見られます。
14かみね公園

根本甲子男 (ねもとかしお) 翁顕彰碑
かみね公園の動物園出口付近にある碑で、5億年前の花崗岩に埋め込まれて
います。
根本翁は、戦災で被害を受けた「日立風流物」の復活に尽力された人です。
15根本甲子男

久原房之助翁と小平浪平翁の頌徳碑
かみね公園入口の郷土博物館のすぐ上にあり、石碑の基礎が5億年前の岩石です。
久原翁は日立鉱山の、小平翁は日立製作所の創始者です。
16久原小平碑
20 : 16 : 59 | ジオパークインタープリター | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(6)  | page top↑
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