筑波連山縦走
2015 / 06 / 22 ( Mon )
以前から歩こうと考えていた筑波連山を、縦走してきました。
計画では、水戸線岩瀬駅から歩き始め、御嶽山、雨引山、燕山 (つばめさん、
つばくろさん)
、加波山、丸山から一本杉峠に下り、足尾山、きのこ山から
上曽峠 (うわそとうげ )、湯袋峠 (ゆぶくろとうげ)、そして筑波山に登り、関東鉄道
バスでJR土浦駅、そこからJRで自宅に戻る予定です。

朝の8時近く、岩瀬駅から案内板に導かれて歩きます。
1案内板

住宅地を過ぎ、山道に入るとすぐに御嶽山水行場跡が現れます。
ここには木製の樋に沢水が引かれ、流れ落ちるようになっています。
「不動の滝」とも呼ばれているそうで、滝の上には不動明王像が置かれ
ています。
2水行場跡

ここ岩瀬の御嶽神社は、御嶽信仰で知られた神社なのでしょうか。
そして、水行場は修験者が修行のための滝行を行った場なのでしょうか。
3御嶽山神社

付近の道には、アジサイなどが植栽されています。
それでも園芸種のアジサイと比較し、この時期、自生するヤマアジサイ
には惹かれるものがあります。
4ヤマアジサイ

雨引山に着きました。
ここには東屋が建てられ、休憩用のベンチなども整備されています。
この山の中腹には、坂東三十三観音霊場の第二十四番札所である
雨引観音があります。
5雨引山

雨引山から南を俯瞰します。真壁の町並みと雲に覆われた筑波山です。
6展望

多くが落葉広葉樹の森で、心地よい登山道が続きます。空模様が
気になります。時折晴れ間が覗きますが、多くが曇り空で、小雨が
降ることもあります。
7登山道

燕山です。樹林に覆われ、山頂からの展望はありません。
8燕山

加波山に来ると、社が多いのに驚きます。
ここには、加波山神社、加波山神社本宮、加波山神社親宮と呼ばれる
3つの神社があります。
もともとは一つの神社だったのですが、江戸時代に神仏混合で仏教の
寺院となり、3社に分かれ、明治政府の廃仏毀釈の影響で、この3社が
独立した神社となったのです。
写真は、加波山山頂に建てられた加波山神社本殿です。
9加波山神社

加波山事件の記念碑で「自由之魁」と、書かれています。
加波山事件とは、明治17年、自由民権運動の高まりで、栃木、茨城、
福島3県下の急進的自由党員が明治政府を転覆しようとした事件で、
加波山を拠点に、決起を呼びかけた反政府運動です。
10自由之魁

山頂付近には、花崗岩の巨石が点在しています。
11巨石

ここは、加波山山頂からわずかに下った所にある、旗立石 (はたたていし) です。
加波山事件で自由党員が「自由の魁」の旗を掲げた場所です。
12旗立石

変化に富んだ登山道が続きます。イノシシが地面を穿り返した跡が
あちこちで見られます。
写真の道は、林床にミヤコザサが茂り、その先にはヤマボウシが
咲く快適な道です。
13登山道

加波山から一本杉峠に向かう途中に丸山があり、そこに風車が
2基建てられています。
14風車

風車のすぐ近くには、花崗岩の露頭が見られました。
15花崗岩

一本杉峠に着きました。ここには桜川市と石岡市に通じる県道218号が
走っています。
しかし、この道はかなりダートな道のようで、四輪者の通行は不可能な
ようです。
16一本杉峠

一本杉峠から足尾山山頂に建立された、足尾神社奥宮です。
17足尾神社

足尾山からきのこ山に向かうと、上空ハングライダーが飛び交っています。
このあたりは、ハングライダーの離陸基地があります。
18ハングライダー

きのこ山です。
おもしろいネーミングだな、と前々から思っていたのですが、ここにある
案内板で納得しました。
ここには 「この山は、昔から誰いうともなく「きのこ山」と呼ばれており、
地ぶくれ状の山頂一帯は、コナラ等の落葉樹が多く、きのこの生育環境に
適しています。食用きのこの種類も多く、千本シメジ・一本シメジ・大黒
シメジ・カキシメジなど9月下旬から11月上旬にかけて採取することが
できます。 環境庁・茨城県」 と書かれています。
しかし、イッポンシメジは茨城では、食用きのこであるウラベニホテイシメジ
を言うのですが、本来のイッポンシメジは毒キノコです。また、カキシメジも
毒キノコです。
19きのこ山

きのこ山を過ぎると、午後2時前ですが、モチベーションが下がってきました。
今日は筑波山には登らず、この先の峠から林道を真壁に向かおうか、という
気持ちが支配し始めました。
これまで十分な汗をかき、頭の中で冷たい生ビールがちらつきます。
上曽峠で下りるか、湯袋峠まで行き、そこから下りるか、迷いながら湯袋峠
に着きました。ここから真壁まで県道を歩きます。

実は、真壁に行けばバスが土浦方面に出ているだろうと、調べもしないで
安易に考えていたのです。
ところがバス路線は廃止されていて、結局、筑波山口から18時近いバスに
乗る羽目になってしまいました。
やはり最初の計画通り筑波山に登っていればと、反省しきりの結果となり、
リベンジを誓っています。

筑波連山
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21 : 46 : 37 | 山歩きと自然観察 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(4)  | page top↑
地元の人々が残した美林
2015 / 06 / 20 ( Sat )
高萩市の景勝地、大北渓谷の上流に位置する「愛林記念の森」を、
訪ねました。

「愛林記念の森」に向かう途中、高萩市下君田にある曹洞宗松岩寺の
ヤマザクラです。
県指定文化財天然記念物で、案内板には樹齢約300年と書かれて
いました。
これほどの風格があるヤマザクラは、私はこれまで見たことがありません。
写真ではわかりませんが、太い枝を四方に伸ばし、それを支えるための
支柱が、取付けられています。
1yamazakura

お寺の松岩寺のすぐ先にあるのが神社の王塚神社です。仏様の先に
神様がいました。
これまで大塚神社と呼ばれていましたが、「王塚神社」と書かれた棟札が
見つかり、名前を改めたようです。
階段を登ると、その先には2本のスギの巨樹が入口を塞ぐように立ち
はだかり、その隙間を通り抜けました。
2sugi

境内には、県指定天然記念物のモミやスギが生育しています。
3momi

ここから県道をしばらく北に走ります。そこに「愛林記念の森」があります。
ここには明治から大正時代にかけて国策として植林されたスギ、ヒノキの
人工林があります。
この当時植林された木は、戦後の木材需要の高まりにより、次々と伐採
されました。
このとき、植林に関わった地元の林業関係者でつくる愛林組合が、「山に
寝泊りし、守り育てた森林の一部を記念として後世に残したい」という思い
が国に通じ、「愛林記念の森」として保存されているのです。

県道をしばらく走り、突然現れた「愛林記念の森」の案内が、誇らしく感じ
られます。
4airin-mori

森の中には清流が流れ、ミソサザイの囀りが長く続きました。
5airin-mori

伐採されずに残された、美林が広がります。
6airin-mori
22 : 37 : 52 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(2)  | page top↑
貴重な湿原を守りましょう
2015 / 06 / 20 ( Sat )
茨城県北部に位置する、湿地を歩いてきました。
森の中をしばらく歩くと、樹冠がとぎれ、心地よい広い空間が現れます。
2situgen

湿原には、貴重な植物を守るために、木道が整備されています。
1situgen

ノハナショウブは、この時期、アヤメ祭りなどの主役である花菖蒲の
原種で、湿った草原などに生育します。
もう何十年も前に、日立市内の山を歩いていて、草地の中にこの花を
見つけ、なんでこんなところにアヤメが咲いているのだろうと驚いたこと
があります。
当時は、水郷潮来のアヤメ程度しか知らなかったので、この花は水場に
生えているものだとばかり思っていました。
3nohanasyobu

トキソウはラン科の植物で、野生のものは貴重な植物ですが、今は栽培
したものが、多く出回っているようです。
4tokiso

ミズチドリは、この湿原で多く見られました。
純白の小さな花を穂状にたくさんつけています。
花には芳香があるようですが、湿原の中で匂いをかぐことはできません。
5mizutidori

最初に見たときにはワタスゲかなと思ったのですが、茎から複数の白い
穂を出しているので、サギスゲです。
6sagisuge
今日訪ねた湿原は、茨城県の絶滅危惧種や危急種に指定されている植物も
生育します。
このような湿生植物は脆弱な種が多く、環境の変化によってすぐに絶滅の
危機に瀕します。
貴重な自然を、後世に引き継ぎましょう。
22 : 34 : 06 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
環境破壊の道を訪ねて
2015 / 06 / 13 ( Sat )
野山歩きの仲間で、日光方面に向かいました。
足尾銅山跡を訪ね、その後、奥日光千手ヶ原へクリンソウの花見です。

足尾銅山は、江戸時代に発見された鉱床ですが、明治に入ると日本の
銅生産の40%を生産する、大きな銅山となりました。
しかし、生産が増えるにつれ、精錬時に発生する亜硫酸ガスや排水の
鉱毒が、重大な環境破壊をもたらしました。

足尾ダムは、荒廃した足尾の山からの土砂崩壊による被害を、防ぐた
めに建設されました
1asiodamu

荒廃した周辺の山は、多くの人の協力によって少しずつ元の姿に戻り
つつあるようです。今ではニホンカモシカやツキノワグマも見られる
ようになった、とのことです。

足尾環境学習センターでは、銅山の歴史や環境問題などを学ぶことが
できます。
2saisei

足尾銅山跡から、奥日光中禅寺湖畔にある千手ヶ浜に向かいました。
竜頭ノ滝近くの菖蒲ヶ浜に駐車し、ここから湖畔沿いの道を歩きます。

千手ヶ浜から中禅寺湖、その先に男体山が見えます。
3senjyugahara

清流とクリンソウです。
五重塔などに見られる仏塔の先を飾る九段の輪を九輪と呼ぶそうで、
ここから名づけられたとのことです
4kurinso

クリンソウの和名は九輪草ですが、似たような名前でイチリンソウ
(一輪草)、ニリンソウ(二輪草)があります。
しかし、クリンソウはサクラソウ科、イチリンソウとニリンソウは
キンポウゲ科です。
5kurinso

千手ヶ浜から小田代ヶ原を歩き、駐車場に戻ります。
小田代ヶ原は、かっては湿原でしたが、日本の多くの湿原がそうである
ように、遷移が進み、やがては草原に変わります。
写真ではわかりにくいかもしれませんが、草原中央奥に見える1本の
立ち木はシラカバで「小田代ヶ原の貴婦人」と呼ばれています。
この樹の周りの気象現象により発生する幻想的な風景が、写真家を
魅了するのでしょうか。
6kifujin

小田代ヶ原は保護のために木道の歩きとなります。花は少なかった
のですが、ツマトリソウはあちこちで見られました。
7tumatoriso

小田代ヶ原から先は、竜頭ノ滝に注ぐ地獄川沿いに歩きます。
8miti

竜頭ノ滝の手前にも小さな滝が見られます。
レンゲツツジがきれいでした。
9rengetutuji

滑滝のような竜頭ノ滝上流です。
10ryuzunotaki

そして、ご存知竜頭ノ滝です。
ここから駐車場までは、わずかです。
11ryuzunotaki
20 : 40 : 50 | 山歩きと自然観察 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
玉簾の滝から御岩神社へ
2015 / 06 / 08 ( Mon )
玉簾の滝 (たまだれのたき )は、日立市の文化財(名勝第一号)として指定
されています。大室山や高鈴山を流域とする滝沢川が、里川に流れ込む
位置にあります。ここに玉簾寺 (ぎょくれんじ) があります。
玉簾寺は、水戸光圀公によって創建された臨済宗の寺で、寺院名は
瀑布山玉簾寺ですが、玉簾観音 (たまだれかんのん) とも呼ばれています。
安産祈願のお寺として、知られています。
1玉簾の滝

御岩神社は、寛永7年に出羽三山の一つである湯殿山権現を、初代
水戸藩主徳川頼房が御岩山に勧請したのが始まりとされています。

御岩山は、「常陸国風土記」に書かれた「東の大きな山、賀毘礼 (かびれ)
の高峰」ではないか、と考えられています。
近年、パワースポットとして知られるようになり、県内外から多くの
参拝者が訪れています。
2御岩神社

樹齢500年以上と推定される三本杉など、参道にはスギの古木が
鬱蒼と茂り、別世界の趣が感じられます。
3参道

境内には、植栽されたシャクナゲが多く見られますが、花は咲き
終わっていました。
4シャクナゲ

賀毘礼神宮下宮です。奥宮は、御岩山山頂にあります。
この神宮は水戸藩の祈願所として、藩主は代々参拝するのを常例と
されたとのことです。
5賀毘礼神宮

山頂付近は、ロッククライミングのゲレンデとして知られています。
この岩場は、溶岩ドームを形成する日本最古の流紋岩岩頸です。
6御岩山岩峰

御岩山から北方面を俯瞰します。
新緑が美しい、森に包まれた阿武隈山地です。
7御岩山から

突き出た岩峰の先には、神峰山が見えます。
8御岩山から神峰山

コアジサイは、県内の山地あちこちで見られます。
その名のとおりアジサイの仲間ですが、他のアジサイと比べ、
装飾花はなく、淡い水色の小さな両性花を密に咲かせます。
9コアジサイ

ヤマアジサイは、別名サワアジサイとも呼ばれ、沢沿いに生育します。
萼が変化した真っ白な4枚の装飾花が、よく目立ちます。
10ヤマアジサイ
07 : 53 : 39 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(2)  | page top↑
歴史の里めぐり
2015 / 06 / 07 ( Sun )
常陸太田市の「西山の里」は、徳川光圀公の隠居処であった西山荘の
入口にある休憩施設です。
郷土の物産コーナーなどがあります。
ここから西山荘まで公園として整備され、庭園や菖蒲園があります。
1西山の里

ここには、水戸黄門漫遊記で知られ、格さんと共に水戸黄門に仕える
家臣であった助さん(佐々介三郎宗淳 (さっさ すけさぶろう むねきよ)
住居跡が保存されています。
2西山の里

西山荘は、水戸藩2代藩主徳川光圀が10年間過ごした隠居所です。
光圀は、ここで歴史書『大日本史』の編纂にあたったといわれています。
3西山荘

西山荘の近くにある丘陵地、西山公園 (にしやまこうえん) です。
花見の名所として、市民に親しまれているようです。
サクラ以外の樹木も多く植栽され、遊歩道も整備されて、心地よい散歩道と
なっています。
4西山公園

園内には展望台もつくられています。
ここからは、常陸太田市の市街地や阿武隈山地も、望むことができます。
5西山公園

この後、瑞竜山 (ずいりゅうさん) に向かいました。
しかし、入口の門扉が閉じられ、中に入ることはできません。

瑞竜山は、山全体が水戸徳川家の墓地になっています。
もう何十年も前に一度訪ねたことがあります。
そのときは入山料か案内料のようなものを払い、立ち入った記憶があり
ます。 たくさんの墓石を見て、変わった形だなという思いがありました。
ここの墓は儒教の様式によるもので、これまで見慣れた墓石とは違って
いるようです。

入口が閉じられている理由を、近くの人に尋ねると、「2011年3月に発生
した東日本大震災で、石垣や墓石が倒れた。今は重機などが入り、
大掛かりな修復工事をしている。9年計画で今年が3年目です」とのこと
でした。
まだしばらくは入山できないようです。
瑞竜山
20 : 13 : 49 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
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