復活した砂沼
2017 / 06 / 24 ( Sat )
茨城の自然100選を訪ねて、下妻市の砂沼を歩いてきました。

江戸時代には、土地を開発して田畑が広げられました。
砂沼は、この田畑に水を通すために作られた農業用のため池です。
その後、深刻な水不足が続き、ため池として利用されなくなりました。
しかし、農民からの砂沼復活の願いが聞き入られ、再び貯水池と
して復活しました。
1砂沼

沼周辺は、砂沼広域公園として整備され、たくさんの桜や
ハナショウブなどが植えられています。
2菖蒲園

沼の東西は、全国でも珍しいといわれる三方からつながった
Y字形の砂沼橋がつけられています。
3砂沼大橋

沼周辺には約6キロの遊歩道が整備され、アジサイなどが
植えられています。
ウォーキングやジョギング、サイクリングなどを楽しむ人が
見られます。
4遊歩道

砂沼はヘラブナ釣りの名所として知られています。
貸しボートもあり、のんびりと釣り糸をたれている人が見られます。
5ヘラブナ釣り
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19 : 10 : 49 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
丘陵地に建つ神社
2017 / 06 / 10 ( Sat )
茨城の自然100選を訪ねて、大宝八幡宮を歩いてきました。
下妻市街地の北に広がる水田の中に、こんもりとした森が広がる
丘陵地があります。
かつては丘陵地の周囲は沼地で、自然の要害となっており、
大宝城が築かれていました。
この城域に、大宝八幡宮 (だいほうはちまんぐう) が建立されています。
1神社鳥居

鳥居をくぐると相撲場があり、土俵がつくられています。
この土俵は、大相撲の行われる両国国技館の土俵と同じ大きさの、
本格的な土俵です。
2土俵

毎年6月には、高砂部屋と錦戸部屋がここで合宿稽古を行い、
この稽古の様子を見ることができます。
今年も高砂部屋が来ていました。
3高砂部屋

午前中に行われた稽古は、お昼を過ぎたこの時間には終わって
いましたが、力士の姿を見ることができました。
4力士

一人の力士が、まわしを干していました。
それにしても、1枚のまわしの長さに驚きます。
5まわし干し

随身門は矢大臣や左大臣など、守護神像を安置した神社の門です。
ここ大宝八幡宮の随身門は、昭和天皇在位六十年を記念して
建立されたもので、一対の仁王像が安置されています。
6随身門

大宝八幡宮の拝殿です。
この後ろに本殿があります。
7大宝八幡宮

大宝城跡は住宅地や学校建設などで、城の遺構はほとんど残って
いませんが、一の鳥居付近に残る土塁が、ここに城があったことを
物語っています。
8大宝城
21 : 15 : 21 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
オオムラサキの生息地
2017 / 06 / 10 ( Sat )
下妻市内を流れる小貝川河川敷には、「小貝川ふれあい公園」
が整備されています。
ここでは、運動場やバーベキュー、そして自然観察などを楽しむ
ことができます。
1河川敷

河川敷には落葉樹の森が広がり、自然観察路がつくられ、この森は
国蝶であるオオムラサキの生息地として知られています。
オオムラサキは、かつては日本各地で見ることのできた蝶ですが、
生息環境の悪化により、群生地は少なくなっているようです。
2森

オオムラサキの生息には3つの条件が必要といわれます。
幼虫のエサとなるエノキ、そして成虫が樹液を吸うクヌギやコナラ
などの落葉広葉樹があること、成長した蝶が十分に飛び回ることの
できる空間があることです。
3森

観察路には、キキョウソウが咲いていました。
細長い茎に、いくつもの花が段となってつくことから、ダンダンギキョウ
の別名があります。
4キキョウソウ

小貝川とその先には筑波連山です。
河川敷にあるこの森は、過去には伐採の話が持ち上がったがことも
あるようです。
しかし、オオムラサキを守ろうとする地元の人たちによって、守られて
きました。
5小貝川


21 : 09 : 21 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
ブナが覆う修験の道
2017 / 05 / 05 ( Fri )
茨城の自然100選を訪ねて。
筑波連山の一つである加波山は、修験道の霊山として知られて
いました。

江戸時代以前までは、加波山大権現と呼ばれる神社でした。
江戸時代になると、中宮、本宮、新宮をそれぞれ別な寺院が納め、
3社に分かれました。
しかし、明治新政府が神仏分離令を出し、これまで続いてきた神仏
習合を禁じたのです。
現在は、加波山神社中宮が加波山神社、本宮が加波山三枝祇
(さえなづみ) 神社本宮、そして親宮が加波山三枝祇神社親宮のことを
いいます。  (つくば新聞より)

左が中宮拝殿、右が親宮拝殿です。
1加波山神社拝殿

中宮拝殿と親宮拝殿の間につくられた道を登ると、山頂には、
本宮が祀られています。
2加波山神社本宮

山頂付近ではブナが多く見られ、この時期新緑を展開しています。
4ブナ

山頂付近には、新緑に混じりヤマザクラも見られます。
木々の間からは、燕山(つばくろさん)と山頂の電波塔です。
5新緑

新緑に混じり鮮やかな赤紫色の花を見せるのは、
トウゴクミツバツツジです。
6トウゴクミツバツツジ

この付近は、良質な花こう岩の山地としても知られています。
加波山花こう岩は真壁石とも呼ばれ、迎賓館などの建築にも
使われています。
山頂付近では、節理の発達した巨石が多く見られます。
7花こう岩

加波山は、歴史的にも知られた山です。
明治時代、自由民権運動が高まり、「加波山事件」が起こりました。
しかし、計画した自由党員は追い詰められ、ここ加波山に
立てこもり決起を呼びかけたが失敗し、彼らは処刑されました。
彼らが掲げた自由の旗を象徴する「旗立石 (はたたていし) 」です。
3旗立石

追い詰められた自由党員は、「圧制政府転覆」「自由の魁」などの
旗を掲げました。
ここには、「自由の魁」と彫られた花こう岩があります。
8自由の魁
21 : 58 : 00 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
安産、子育ての観音様
2017 / 05 / 05 ( Fri )
茨城の自然100選を訪ねて、筑波連山北部の山、桜川市の雨引山を
歩いてきました。

平安時代初期、嵯峨天皇の時代、大干ばつで国中が飢饉に見舞われ
ました。
この時、天皇が自ら写経し、この山で雨が降ることを祈らせた、との
言い伝えがあり、山号の雨引山はここからきたようです。

厄除けの石段といわれる145段の石段の両側には、3000株のアジサイが
植えられ、参詣する人々を迎えています。
1石段

山門から石段を登ると、右手に鐘楼堂 (しょうろうどう) が見えます。
2鐘楼堂

朱塗りされた荘厳な仁王門には、二体の仁王像が祀られています
3仁王門


一般的には雨引観音と呼ばれていますが、雨引山楽法寺という
真言宗の寺院です。
4本堂-観音堂

境内には、クジャクが放し飼いされています。
最初に見たときには驚きましたが、慣れた様子で参詣者の目を
楽しませてくれます。
5クジャク

これも荘厳さを感じる多宝塔です。
6多宝塔

境内にはスダジイの巨木も多く、桜やアジサイそしてカエデの
紅葉などでも知られています。
7新緑
21 : 33 : 49 | 茨城の自然100選 | トラックバック(0) |  コメントはこちらから(0)  | page top↑
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